2009/05/31

U-F-O天之浮舟

宇宙の大きさははかり知れません。僕たちの住む地球を含む太陽系を五円玉の大きさだとすると、天の川銀河の大きさは北海道から九州までの大きさです。僕たち人類がここ何十年かで最高の科学技術をもってしても、辿りつけたのは月。五円玉の点にもならないほど、、、ですが、確認されているだけでも宇宙にはこんな銀河が1000億以上。とんでもない大きさです。地球の上でさえ、多種多様な生命があり、深海に住むものや高熱、氷点下でも生きていられる生命があります。今ある知識の中だけで、宇宙に生命があるかないか、決めることなど出来ません。僕が何度も未確認飛行物体を見ているということもありますが、個人的には宇宙には、何億年もの太古の時代、地球が誕生する38億年よりもっと前から科学的にも精神的にも高度に進化した生命が多数あり、今も数えきれないくらいの文明が宇宙にはあるのだと思っています。宇宙は僕たちの銀河だけではないし、140億年もの昔から存在しているのですから、あったとしても別に特別なことでもありませんね。ここ数年、神社、仏閣、教会で音を紡がせていただくことが多く、先月、今月だけでも、東慶寺、勝尾寺、ルーテル大学教会、諏訪大社、、、いいご縁をいただいていますが、何故、宇宙から神社、仏閣の話しになったかというと、、、中学生のころ、修学旅行で京都に行き五重塔を見た時に、UFOが着陸しているように思えました。小学生の時にE・Tという映画を観ていたからかもしれませんが、、、それからというもの様々な神社、仏閣の建物、灯籠がUFOに見えてしまいます(笑)今月に京都の広隆寺の国宝の桂宮院を拝見した時に、あぁどこかからか飛来してきて着陸してるんだと自然に思いました。その姿が八角円堂で、音もなく佇む姿は空に浮かぶUFOそのものでした。なんとなく思うのが、遥か太古の昔、宇宙からやってくる生命があり、その超人的な科学技術、精神の高さに地球人は神に見えたのかもしれません。それで、その時に見た乗り物の形に近いものを製作して、そこで天に祈っていたのかもしれませんね。いつか公式に宇宙人がやってきて、仏像みたいな外見だったら面白いですね。この広大な宇宙に、今の人類が足元にも及ばないような素晴らしい生命がうようよいたとして、、、そんなすべてを作り出したのが神。神っていったいなんなのでしょう?考えてもキリがありません。古代の日本に-天之浮舟-という言葉で残っているものは宇宙から飛来した何かなのでしょうか。直感的なことなので、なんともわかりませんが、前方後円墳、卑弥呼、古文書、古事記以前の神々、、、古代の日本の謎が解明されると地球の人類に関わることが解明されていくような気がしています。だからこそ、今、日本を想いだし、日本を作り、地球規模、宇宙規模で共通する和の心を培っていきたいと感じています。KNOB拝

2009/05/25

天岩戸開き。

古事記・日本書記に出て来る天岩戸開き、、、弟神、スサノオ命の暴れ狂う姿に怒った天照大神が天岩戸に隠れてしまう。地上は闇の世界となり、神々が祝詞を奏上したり、舞を行ったり、まるで宴会のようになる。外の様子が気になり、天岩戸を少し開けて出て来た天照大神を引きずり出した、、、そして地上には光が戻った。簡単に言えばこんな話しだけれど、天照大神が太陽だとすると夜は必ず隠れていきます。毎日毎日繰り返す自然現象。人間はこれを当たり前のように思い、感じ、明日、明後日、一ヶ月後、一年後と計画を立てています。僕は最近、太陽が昇る前に鳥たちが奏でる声で目が覚めるのだけれど、鳥たちは、朝が来ることをあたりまえに思っているのでしょうか?太陽に天照大神に出て来て欲しくて、歌い舞っているのかもしれません。それを喜び讃えるように現れる太陽。毎朝毎朝、鳥や動物たちが天岩戸開きを行っていてくれているのかもしれませんね。鳥や動物たちには過去や未来という価値観がきっとないのでしょう。この今、今、今の連続。アボリジニの人々の言葉には、過去・現在・未来という時間の流れを表す制限がありません。過去も未来もすべてがこの今、瞬間にあり、自分の内側の心、想像力であるドリーミング(夢見)によって立ち現れてくるものだと信じられてきました。ドリームタイムというアボリジニの人々に欠かせない価値観についてわかりやすく説明したこんな文章があります〜大地は種子を宿し、種子はその後に形成される植物の夢見を宿している。そしてその夢見を形にして植物はこの世界に立ち現れてきて、己を実現する。アボリジニは大地や宇宙そのものが本源的に持っている潜勢力を、場所の夢見(ドリームタイム)と呼んでいる。そして夢見を持つことで場(大地や植物や動物など)には聖性が宿ることになるという。つまり夢見を失うことで、私たちは場の聖性(霊性)を失ってしまっているのである〜(おおえまさのり著-夢見る力より)これは、岩、河、山、植物、、すべてのものに神が宿り、心があるという自然観が根底にあります。日本人である僕にも八百万の神がある神道を考えれば、まったく違和感なくそう感じることが出来ます。日本の各地の場には神社やお寺が立ち、その場その場の霊力を保つために日々、神事や儀式が行われています。だけれどきちんと、守られている所だけではない。いくら霊力のある聖地であっても、その場を守る、訪れる人間の中に、ドリーミング(その場の霊性を信じ讃え、共鳴する想像力)がなければその地は、水を与えられない花の如く場の霊力はきっと枯れて衰弱していくことだろう。母なる大地を愛おしむことはそこに住ませていただいている僕には当たり前のことです。そして、その大地をどのように守りその霊性を保ち続けていくのかというのは、人間に与えられた想像力が大きな鍵となるような気がしています。すべては、単独には存在しえない。常に互いに影響を与え合い想像力を使い合う共同作業なのでしょう。右へならへの温暖化、エコ、CO2の排出権の売り買いとなると、、、ワクワクし希望が持てるというより首を傾げてしまいます。すみません、、、地球温暖化という自然現象に危機感を持ち、エコを呼び掛けることで人々の中にもったいないという心や資源や自然を大切に思う心が育つということに関しては、素晴らしいことだし希望が持てます。だけれど、地球を冷やそうとか地球を救うというのは、、、僕には畏れ多くて言えません。今起きていることは、人間の意識を変えるために必要なことが起こっているのだと思います。二酸化炭素を削減したから温暖化が解決されるとは僕にはとても思えないのです。すべては人間という存在を遥かに超えた大いなる自然界の宇宙レベルで起きていること。僕は科学者でもなんでもないし、あくまで個人的直感で感じることだけれど、太陽の活動が活発なこともあるだろう、遥か彼方の宇宙から届く宇宙線、、、すべてのことが、地球に影響し、人間の意識を心を魂を磨くために、変わっていくために起きている、意識変革のために必然なことなのだと僕は思います。また母なる地球(ガイヤ)に意識があるならば、我々の大きなお母さんが子である人間にすべての命が共にあるために目覚めなさいと伝えてくれているような気がしてなりません。アボリジニや太古の時代の叡智を想いだし、想像力(ドリーミング)という誰の中にも必ずある-力強い魔法-を良い方向へ発揮すべき時代が訪れているように感じています。日本人である以前に地球人、宇宙人なのだということを常に自覚していたい。また宇宙人であるからこそ、天命をまっとうするために、ご縁をいただき今の自分の人生に与えられた、土地、環境、文化、精神を大切にしたいと強く思います。過去・現在・未来という直線的なものではなく、すべてがこの今に凝縮された多次元的なものであり、それを結び付けるものがひとりひとりの心に備わっているだとすれば、、、自分自身のドリーミングをどのように使うかを問われているのだと僕は感じています。そして、もし自分の中の心の中の太陽、光が隠れているのなら、、、真の天岩戸開きとはひとりひとりが己の中で行う必要な与えられた使命、儀式なのかもしれません。KNOB拝。

2009/05/21

宇宙に浮かぶ地球。

宇宙は空は見上げる、、、と思っていたのですが、昨年、熊野の那智にあるゴトビキ岩(巨大な磐座)に音を奉納させていただいた時に感じたことがありました。演奏させていただいた場所は、ゴトビキ岩の横。横から見たゴトビキ岩の姿は、女性が座って股を広げているよう、、、大きな大きな母なる地球の子宮!そう感じました。自然の神秘に胸が高鳴りました。本当に女性の聖なる場所のようでした。考えてみれば子のお宮を持つ女性はやはり、神秘的ですね。そこで音を紡いでいた時のことです。僕は木を息吹く時には目は閉じているのですが、ディジュリドゥと共にその場の音に周波数を合わせて音を紡いでいくと、、、瞳の裏のスクリーンには大地に深く深く入っていくような闇、、、その後大きな光を感じたのですが、マグマだったのかな。地球の中に光輝く太陽があったかのようでした。そして、また闇、、また深く深く行くと、、、そこは宇宙空間でした。足元の地を深く深くどこまでも行くと地球の反対側に出てその上が空、宇宙。僕の真上には宇宙、真下にも宇宙、もちろん真横にも、、、つまり360度すべてが宇宙。当たり前なことではありますが、地を潜り宇宙へ、、、というのはなんだか不思議な不思議な感覚でした。母なる地球の子宮に入りこんでしまったのでしょうか、、、一見なんでもない空洞の木に何度も宇宙的な体験をさせていただいています。地球に生えた自然の木の筒を人間が息吹く、、、宇宙から見ているとそんなところは見えないし、まったく関係のないことのようにも思えるけれど、ガイヤ理論のジェームスラブロック博士が発明した機械は、地球のある場所の小さな部屋の中で撒いたわずかな毒を、一週間後に地球の反対側で感知できるというもの。小さな部屋の中で今、自分が行うことが地球的に宇宙的に知らず知らず影響を与えているということ、、、面白いですね。あの木の筒には個人的に宇宙を感じています。僕にとっては瞬時にあらゆるものに繋げてくれる、ドラえもんの[どこでもドア]のようにも感じられます(笑)以前、ハワイ島で150頭もの野性のイルカと泳いだ時に、細胞に染み渡る深いバイブレーションがありました。ザトウクジラの低い低い低周波でした。宇宙飛行士が宇宙空間で聞こえてくるという音、、、海に響く音。オーン、A-UN、アーメン、、、海や宇宙にある音を、その地、その地の言葉や様々なもので地上に再現しているのでしょう。海の中で青い青い世界に包まれて、聴こえてきた音、、、ここには十分すぎるくらいの音楽が溢れていると感じた。宇宙もそうだろう。すべてが-響き-の世界。地上には人間が楽しむための音楽、、、それももちろん必要だし、僕も過去、楽しむための音楽の世界にどっぷりといたけれど、、、流行も成功も地位も名誉も関係ない、そんなちっぽけなものを遥かに超えた真なる豊かな世界、そこに繋がるのが-響き-なのだと僕は感じています。宇宙には無限の豊かさがあるはずなのに、地球ではそれを限られたものとして奪い合っている、、、そろそろそんな時代も終わっていくだろう。人間の可聴領域を超えたその聴こえない音に、宇宙を己の中にも感じられる、自分も自然であり、宇宙であるのだと実感出来る何かが秘められている、、、僕はそう感じています。KNOB拝。

2009/05/20

無孔庵にようこそ


無孔笛という禅語。どこにも孔がない笛 孔がなくて音が出せない笛、、、転じて、言葉を超越したところにある無上の説法、常識にとらわれることのない優れた説法。
僕が、今吹かせていただいている木笛[ディジュリドゥ]を日本人として吹くにあたって、師から名付けていただいた精神的支柱になっている言ノ葉です。この地球の上で、先住民であるアボリジニの人々は、この空洞の木の筒に、人間の言葉など常識を遥かに超えた 虚空の音とも言えるようなものを感じていたことだと思います。般若心経に 色即是空 空即是色とありますが、宇宙からこの地球を見れば、国も人種も何も無意味なことのように思えます。地球の上から見れば、自分が生まれ育ち、今生きている場所が環境がすべてのように思えます。僕にはそのどちらも大切なことのように思います。もし、宇宙に行くことが出来て、その宇宙空間に浮かぶ木造の茶室があり、そこから様々なことに心を向けてみたならば、地球にある様々な制限、その時代時代で人間が都合のいいように作り出した歴史や過去などを今ある常識のようなものを飛び越えて、自由な心で物事を想像し、この一瞬一瞬に現実を作っていけるのかもしれません。様々な文化や精神、宗教さえも時にはその枠を外し、自由自在に想いを馳せてみたいと思いました。ここに書かせていただくことは、まったく個人的な勝手な空想だとファンタジーだと思っていただいてかまいません。時に現実的なことを軸にすることもあると思いますが、宇宙から見る 地球に日本に東京にいる自分はどんな風に見えるのでしょう?なんだかワクワクしてきます。さてさて 宇宙にある無孔庵から地球を宇宙を見つめてみたいと思います。 KNOB拝